多くの人は決断することの難しさを経験しているはずだ。
だが、情報不足により決断が難しい状況と、自分が優柔不断であることは、しっかりと区別した方が良いだろう。優柔不断の根底には、次のような不健全な考え方はないだろうか?
正しいという確信的な情報がなければ、決断を下してはいけない・・・
正しいかどうかは?決断する時点では分からないものだ。ただ必要な情報を集め、決断を下し、結果的に正しかったかどうかは後で評価することが出来る。むしろ、後でしか出来ないのである。さらに言えば、決断の結果に限らず、確信を持てるほど確かなものなど何も無いかも知れない。
決断する時に迷いがあってはならない・・・
片方にはメリットばかり、もう片方にはデメリットばかり~のような極端なケースはさておき、それぞれにメリットもデメリットもあるいくつもの選択肢から、一つを選ぶことを強いられることになるだろう。そのように、決断を下す時には、迷いを振り切るためのある程度の心地悪さはついてくるものである。一方の道を選択すれば、もう一方の道のメリットは捨てるしかないのだ。
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さもないと、自分は無能で役立たずだと証明することになる。たとえ、あなたの決断が悪い結果に着地したとしても、それは決してあなたが役立たずだという証拠にはならない。決断する前に十分な時間がなかった。あるいは、十分な情報が得ならなかったという見方になるかも知れないが・・・。
あなたがもし役立たずなら、あなたの下す決断、あなたが行おうとすること、全てが役に立たないということになり、それはかなり乱暴な考え方だ。